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新しい視点で羽生市の活性化を目指して活動する
Tsutomu Shimamura Association

私の剣道人生profile

(郷土を創る人々 2017)より転載

【経 歴】

 当家は氏が当地で連綿と栄えてきた名家より分家を創立する。尊父弥一氏は大正十一年の生まれ。当時名誉と言われた近衛師団に人隊し、天皇皇族方の警護の軍務に服す。この問、大東亜戦争(大平洋戦争)激化に伴い大陸に派遣されて作戦に参加し、多くの戦友を失い幸いにして復員後、建設界を通して県郷土再建に尽くすべく、島村建設工業汲創業し、経営手腕を発揮した。一方、羽生市議会議員四期の間、議会の最高責任者に当たる議長に就任し、市政発展と、地方自治の円滑なる推進に多大の功績を残した自治功労者で、勲五等瑞宝章に叙された。母堂たけ子夫人は四入の子供を教育熱心に育てた良妻賢母で知られ、八十八歳の天寿を全うした。尚、生家は長兄敏夫氏が継承した。 

 氏は二男として出生。中学三年生の時の昭和三十九年十月十日、アジア初の第十八回東京オリンピックが盛大に開催されると共に、国は工業化時代が到来する。氏はその世相下を背景に、工業技術者を目指して県立行田工業高校に進学。学問・実技を磨く一方、剣道部の門を叩く。生来の俊敏、洞察力は他に追随を許す事なく、高校生最高位の全日本剣道連盟三段を拝受し、昭和四十三年三月文武とも模範生として卒業した。その豊富な学識と、技術力を見込まれ、羽生市役所に採用。五年間にわたる何事にも的確な水道業務は、前途洋々の行政マンとして嘱望されていたが、若き時に大海を知る思いを込め惜しまれて退職した。後、高知県にある四電工に人杜し、四国電力の協力会社として躍進を続けている同社の繁栄に邁進。併せて土佐の人々の気質と、文化に親しく触れた。在職十年。この間、国と郷土は高度経済成長に伴い、島村建設工業汲ヘ次々と受注を受ける。その関係で帰郷し、同社役員として経営に参画している。

 一方、子供の通学期には県立羽生第一高校PTA会長に推挙され、学校教育の充実に当った。この間、羽生ライオンズクラブに加人し、二回にわたり会長を歴任し、企画立案に当っている。また、高校時代からの剣道は小野派一刀流の流れを汲み、常に精進を怠る事なく、平成元年屋敷内に平成館剣道場を設立。現在に至り常に約五十名ほどの門弟を指導し、六段までを育て上げる中に、長女安希代さんは三段、二女忍さんは二段、薫さん三段、長男無双氏は錬士六段など、苫しい修業を乗り越えて鍛錬し、門下生の鑑を示している事は氏にとって最大の名誉と語る。尚、全日本剣道教士七段を拝受し、埼玉県シニア剣道大会では六回にわたり優勝に輝き、熊本、山□の全国大会では孫九人と併せ、一族十六名の熱き声援を受けて出場した。
 尚、剣道は国際的に関心が高まり、各国から脚光を受けている。「文末に一コマを掲載」。他にフィリピン国バキオ市長夫妻、息女などが当館に訪れるなど、国際交流の場ともなっている。この日本の素晴らしい伝統武道家としての県下第一人者としての名声は、行政機関に響き、平成十二年法務大臣より羽生地区保護司に委嘱され、年輪を重ねる度に次々と要職に選ばれ、現在は会長に就任。受刑者の更生指導と社会復帰、再犯防止の司令塔となって会の運営に献身中である。

 この間、市民の衆望を担い、羽生市議会議員補選に打って出て初陣を飾った。後の普通選挙とも連続三回当選し、副議長などの要職を経て、現在は都市民生委員長に就任。尚一層市民の代弁者となり、商工業、農業の活性化と、スポーツ振興を通して人材づくり、全国津々浦々に進んでいる少子高齢化は、羽生市にも寄せる中で福祉の課題に益々敏腕を発揮中である。氏は武道家ならではの清廉潔白な中に人情味あり、しかも資産の大半を叩いて剣道場を開いての人材育成の真摯な姿勢は、市民有志並びに地域往民から、今後も更なる各分野での活躍を望まれている高徳の士である。

 美知江夫人の生家は同郷。県立熊谷市女子高校卒業後、田中角栄が学んだ中央工学院で建築士の資格を得た。結婚後は事業、武道、公職に明け暮れる夫君の良き伴侶となり円満な家庭を築き、三女一男を情操豊かで逞しい剣士と立派な社会人に育てた。一方、羽生北小学校、羽生西中学校のPTA役員を受け、学校と父母(保護者)との心の触れ合いを大切にし、次代を担う児童生徒が良く学び、健やかに成長できる環境づくりに当った。その後、厚生大臣・県知事から民生委員児童委員に委嘱され、五期(十五年)にわたり福祉の充実に寄与し、厚生大臣表彰を受く。他に県立熊谷女子高校の同窓会「さくらの会」東部地区会長などに推され、社会に寄与していた文化人であったが、平成十九年七月二十九日、五十六歳で逝去。通夜と告別式では千名余に及ぶ焼香の列ができ、冥福を祈られると共に、遺徳を偲ばれている。

前列左夫人、中央と右側はベルギーから来た女性剣士、後左は長男無双氏、中央氏、右は門弟